星空の隙間

狼陛下の花嫁SS・イラストなど

初恋

原作沿い、両想い設定(69話後)です。過去をねつ造してます。
回想シーン 黎翔11歳頃。李順さん15歳。(←若さのかけらもない感じですが…)



春のうららかな朝日が差し込む寝台で、黎翔は久しぶりに見た夢を反芻していた。
夕鈴と出会ってから、見ることのなくなった夢。
子どもの頃に出会った金の髪の少女の夢―――。



後宮を追い出されるようにして辿り着いた北の地で。
黎翔の母はひっそりと息を引き取った。
その日も寒い北の地では雪がしんしんと降り注いでいたことを思い出す。

自分にとってたった一人の家族といえる母の死は、黎翔の心に深い傷を残した。
それまでは母を守りたくて必死に学んでいた体術も、今となってはただ時間を潰す為だけに行っているようなものだ。
黎翔の様子に、彼の側近や護衛たちももちろん不安を抱いていた。
最近の殿下は、ご自分を大切になさらない。
むしろ、全て終わりにしたい、と願っているかのような瞳をなさるときがある―――

少しでも気分を変えられるのならと、初めてのことだが李順は黎翔を王都である乾隴へ伴った。


「やはり王宮の動きがきな臭くなってきておりますね。」
「兄王が傀儡と化しているという噂が城下まで広がっている。これからは民の生活も荒れるだろうな。」

王都での定期的な情報収集を終え、黎翔と李順は苦いものを含んだような顔をした。
気分転換にとやってきたのに、暗い話題ばかりなのは李順としても心苦しいことだ。
「さて、黎翔様。私はあと1か所立ち寄る場所がございますが、ご一緒なさいますか?」
「せっかく王都まで来たんだ。このあたりを1人でふらふらするさ。」
「―――くれぐれも揉め事を起こさないでくださいよ。」
堅物の側近にしては、いつもよりあっさりと許可が下りる。

黎翔は春の河原沿いに1人ぶらぶらと散策した。
あたりは黄色い菜の花が今を盛りと咲き誇り、道行く人々の目を楽しませるが、黎翔は何の感慨も起きなかった。
土手を下り、草の上に寝転がる。
久しぶりの自由。1人の時。風が前髪を攫う。
目を閉じて思う。
自分にはもう守るものもない。
いっそ、王宮の嵐に巻き込まれる前にこのままどこかへ行ってしまおうか。

―――否。

北に押し付けた王弟の行方が知れなくなれば、それは李順をはじめ、周りの者とその縁者に至るまでが確実に命を縮めることを意味する。
その危険を重々承知しているにも関わらず、自分を今この時1人にした側近の気持ちも黎翔は痛いほどわかっていた。

「なかなかままならないものだな。」
ため息をついたその時。
高い悲鳴が耳を突く。

「はーなーしーてーって言ってるでしょうっ!」
「いてててて!じたばたすんな、くそガキが!ったく兄貴、こんな乱暴で煩いガキ、本当に売れますかねぇ。」
「解ってねえなぁお前。粗末な身形だが良く見れば上玉だ。磨けば光る。そういうガキ程高く捌ける。」

少し離れた所で、男2人が小さな少女を抱え上げ、無理矢理連れ去ろうとしている。
土手の中腹、辺りに人の気配はない。
………やれやれ、揉め事を起こすなと釘を刺されたばかりだが。

「お前たち、何してる。」
身を起こし、ゆっくりと近づく。
一瞬身じろいだ男たちは歩み寄る華奢な少年に目を向けるとニヤニヤと笑った。

「坊主、大人の仕事に口を挟んじゃあいけねえな。痛い目を見ることになるぜ。」
「女の子を攫って売り飛ばすのが立派な大人のやることなのか?」
嘲るように問うてやると途端に男たちは気色ばんだ。
「てめえ、本当に痛い目を見なきゃ解らんらしいな。」
その時、兄貴分に抱え上げられていた少女が叫んだ。
「お兄ちゃん、危ないからにげてっ!わたしなら大丈夫だからっ!」

黎翔は瞬間、呆気にとられた。
今にも泣きそうな強張った顔をした少女。
黎翔より余程幼いこの少女は今、こちらを庇って逃げろと言ったらしい。
「変わった子もいるものだ。」
躊躇わずすたすたと近づいていく。

「舐めやがって!」
下っ端が黎翔の顔を殴ろうとした瞬間。
彼の鳩尾に黎翔の腰からいつの間にか抜かれた刀の柄がめり込んでいた。たまらず口から泡を吐き崩れ落ちる。

「……っお前!」
兄貴分が少女を慌てて突き放し、黎翔の方を振り向いたその時。
紅い瞳は既に眼前に迫っていた。


男たちはある程度手加減してやったので、ふらつきながらではあるが自力で逃げて行く。
その場には黎翔と少女だけが残された。

途端、少女の顔がくしゃりと歪む。
「うっうぅっ怖かったぁぁぁーーーっ!」
膝を抱えて泣き出した。
やはり無理して強がっていたらしい。
黎翔は彼女の隣に腰を下ろし、背中をさすってやった。

暫くそうしていると、どうやら落ち着いたらしい。小さな声で
「お兄ちゃん、ありがとう。」
と礼を言われる。

「君はこの辺りに住んでるんだよね?どうしてこんな所に1人でいたの?」
親しみやすいよう、崩した口調で語りかける。
優しい眼差しに、少女は一瞬迷いを見せたものの、下を向いて答えた。
「………しばらく前にお母さんが死んじゃって。1人で泣きたかったからここへ来たの。」
「そっか。僕と同じだね。」
少女はぱっと顔を上げて黎翔をまじまじと見つめた。
「家では泣けない?」
「………私が泣いたら、弟もきっと泣いちゃうから。」
この子はどこまでも自分のことを後回しにする性格らしい。まだこんなに小さいのに、その瞳からは懸命に弟を守ろうとする意志が伺えた。
「そうか。君は優しいんだね。」
黎翔はそっと柔らかい頭を撫でた。

少女はぽつりぽつりと話をした。
この河原に元気だった頃の母と散歩に来たこと。弟を産んでから病がちになった母の為に、父と花を摘みに来たこと。母が死んでから、父が夜こっそりと、気付かれないように泣いていること。
黎翔は隣でただ頷く。
不思議な感覚だった。
同じ痛みを知っている者同士、彼女の話は静かに心に染みた。
2人は長い間黙って隣に座っていた。

日が傾き、辺りに夕焼けの気配が広がる。
名残惜しいような気持ちで、黎翔は口を開いた。
「これからこの辺りはもっと治安が悪くなる。もう1人で来ない方がいいよ。お母さんだけじゃなくて君までいなくなったらご家族はきっと、とても悲しむ。」
黎翔の言葉に少女ははっと息を呑む。
「うん。気をつける。でも、でも、そうしたらお兄ちゃんだって危ないよ。私も帰るから、お兄ちゃんも帰ろう?」
またこちらの心配をする。
真剣な表情にふっ、と口元が緩む。

もしも自分の身が危うくなったなら。
王弟である自分ではなく―――
ただの"黎翔"としての自分が。

「"僕"が死んでももう泣く人はいないから。」
薄ら微笑んだ口元からぽろりと本音がこぼれ落ちる。
その瞬間、少女は大きく目を見張った。
「だめだよ!!そんなこと言わないでっ!」
そう叫ぶうちに、せっかく治まった涙がまた溢れる。
「そんな顔しないで……最後の日のお母さんとおんなじ。悲しくて、きれいな顔。」
ひっく、としゃくりあげる。
「お兄ちゃんが死んじゃったら、私が泣くよ。」
ぼろぼろと涙をこぼし、真っ赤な顔でこぶしを握って。

ただの1人の人としての僕の死を彼女は悼み、泣いている。
今日会ったばかりの少女の無垢な思いに。
胸がなんだか暖かいものに包まれる。
彼女の柔らかな頬を伝う涙がきらきらと野の花の上に注ぐ。
黎翔はぎゅっと固く握られた少女の手を取り、口元へ運んだ。
「―――ありがとう。ちいさな春の女神さま。」
恭しくそっと手の甲に口づける。
父がよく母にしていたように。
びっくりしたのか、彼女はまんまるな目で僕を見る。
その拍子に最後の涙が輝きながらすべり落ちた。
夕日を浴びた髪が燃えるような金色で。
こんなに美しいものを久しぶりに見た気がする。
「"僕"の為に泣いてくれたこと、きっと忘れないよ。」
少女はじっと黎翔を見つめている。

その時、土手の上から男の声が聞こえた。
「お父さんの声だ!」
手を引き、土手を上がっていくと、小さな男の子を抱えた男が慌ててこちらへ駆けてくるのが見える。
その顔は汗と涙と鼻水とでぐちゃぐちゃだった。きっと一所懸命、探し回っていたのだろう。
「―――っ!!!」
どうやら彼女の名前を叫んだようだが、鼻水と涙とでくぐもって聞こえない。
「お父さん!」
少女はするりと黎翔の手から抜け出て走っていく。

父親の腕に抱かれた少女が自分を助けてくれた少年の方を振り向いた時、そこにはもう誰もいなかった。



「こんなところにいらしたんですか!全く、探しましたよ。」
散々黎翔を探し回って息を切らした李順は自分の主の些細な変化に気付く。
「何か良いことでもありましたか?お顔の色が良いようですが。」
「ああ、かわいらしい野兎に会ってな。土手で遊んでいたんだ。」
年若い主は笑いを含んで答えた。
「野兎、ですか。お気に召したなら屋敷で飼いましょうか。」
「いや、野兎は野にいてこそ、かわいらしい。あのような所へは連れて行けないさ。」
李順は主の意外な好みに驚いたが、何より久しぶりに見られたその笑顔に胸を撫で下ろしたのだった。
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